鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023)

ミステリというと私が思いだすのはコ型の校舎だ。いや、ミステリーかも知れないしミステリィかも知れないが。コ型とあらためて字にされるとたちまちかすかな呪縛をこうむる。それはT字架のT、Y字路のYと同じで、字が言葉の意味内容ではなく形態だけを借りて説明に供される瞬間だからだろう。T字架のT、Y字路のY、コ型の校舎・・・ときにゲゲ郎の下駄の痕跡は「二」型をしている。

結局、下駄の指標(インデックス)は二方向ある。カランコロンの歌にあるようにひとつには下駄の立てる音響であり、その音色によって下駄の持ち主(ゲゲ郎/鬼太郎)は都度特定される。もうひとつはこの作品に見られるように下駄が地面に刻む足跡だ。ビジュアルはそれを先にふれたようにニ型の印字として大地に対象化する。ゲゲ郎がいるということのインデックスは下駄の音/下駄の跡によって推しはかられる。

しかし「あしあと」は「あしおと」ではないから、言い換えればカランコロンという音響は本作においてゲゲ郎が最初に登場する場面でその持ち主のオーラを予告することを第一義とし、かえて、水木が見つける足跡のほうはそれと反対に、ゲゲ郎がもうここにはいないことをひとつの距離の像において諭す。

もし指標記号を文で解釈するとすれば、その法は『御覧!』とか『気をつけろ!』のような命令法や感嘆法でなければならない。(C.S.パース)

足音と足跡の記号上のずれの間で関俊彦が劇中最初の口を開く。それはおそらく音色として聞こえてくる。