父親が家出する。また逃げた。毎回、連載マンガのネームだけを残して(運がよければ下書きも)。ばかやろお。ふたりの姉妹はアシスタントのあかねの助けも借りてマンガを描き続ける。デジタルネイティブでペンツール遣いの空、冴えた妹。姉の歩未はアナログ一辺倒だ。父の描線をなぞることしかできないと自分では思っている。

星里もちる『ちゃんと描いてますからっ!』1巻、p.165、徳間書店、2011年)

 

「ちゃんと描いてますからっ!」とは父が描いていると今も信じている一般読者の夢を壊さないようにの無言の叫びと、歩未自身の自力への必死との重なりであり、かつ、父の毎回の信用ゼロの「今度はちゃんと描くから」への対抗言語としてとりあえず提示されている。

死者の遺したネームをスタッフが完成させることと違い、この「父」は(姉妹の眼からは、そして読者の眼にも)あまり悪びれず帰ってくる。星里もちるの描くキャラクターの非対称な眉の下がり、なにかに心理的に突き当たった顔。